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札幌高等裁判所 昭和48年(ネ)53号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 宮村素之 外三名

被控訴人 竹田清吉

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金三二六、五七二円及びこれに対する昭和四四年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人に対し金三六二、八五八円及びこれに対する昭和四四年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

当審において控訴代理人は、次のとおり述べた。

労働者災害補償保険法(以下「労災法」といい、これに基づく保険を「労災保険」という)に基づく政府の労災保険給付による補償責任は、使用者ないしは加害第三者の損害賠償責任とは異質のものであるとしても、なお被災労働者の損失を補償する性質を有し、両者が相互補完的関係にあることは労災法第二〇条の文理解釈から明らかであり、通説判例の認めるところでもある。それゆえ、被災労働者に過失がある場合に、政府が同法条により被災労働者に代位して加害第三者に求償しうる損害賠償請求権の範囲は、被災労働者の全損害額を過失相殺により減額した金額につき保険給付額に満つるまでと解すべきである。もし、原判決の如く、これを保険給付額に対して加害第三者(準備書面に「被災労働者」とあるのは、誤記と認める)の過失割合を乗じた額とすることは、前記の相互補完的関係を無視するばかりでなく、政府の求償権が保険給付額に被災労働者の過失割合を乗じた額につき求償できずに不利益を蒙り、反面被災労働者がその分だけ利得する結果となり、著しく衛平の原則に反することとなる。しかして、本件被害者が蒙つた損害は、交通費四二〇円、医療費五三六、二二五円、休業損害二六二、〇六三円、後遺障害に基づく労働力の低下による損害六四〇、〇〇〇円、慰藉料五〇三、〇〇〇円の合計一、九四一、七〇八円であるから、かりに被害者に一割の過失があつたとしても、被控訴人の賠償すべき額は、その九割にあたる一、七四七、五三八円であり、これから自賠責給付額一、一四〇、〇〇〇円、被控訴人の弁償分二六、七一〇円を控除しても残額は五八〇、八二八円となり、控訴人がした労災保険給付分三六二、八五八円を上廻つているから、控訴人は右労災保険給付分全額につき被控訴人に求償できるといわねばならない。

〈証拠省略〉

理由

一  控訴人主張の請求原因一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  当裁判所も、本件交通事故には被控訴人に過失があるが、被害者である訴外松浦にも過失があり、同訴外人の過失割合は一割であると判断する。その理由は、原判決が理由説示第二において判示するとおりであるから、これを引用する。

三  控訴人が訴外松浦に対し昭和四四年一一月一三日までに労災法による保険給付として金三六二、八五八円を支払つたことは、当事者間に争いがない。

四  そこで控訴人が労災法第二〇条(昭和四八年法律第八五号による施正前のもの。以下同様)に基づき被控訴人に対して求償し得る金額について考察する。

およそ労働者が第三者の故意または過失に基づく行為によつて業務上災害を受けて損害を蒙り、国が被災労働者に対し同人の蒙つた全損害額を越えない金額の労災保険を給付した場合において、損害の発生ないしその拡大につき同人にも過失があつたときは、国の加害第三者に対する労災法第二〇条に基づく求償は、保険給付額に加害第三者の過失割合を乗じて得た金額に限られると解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

そもそも労災法は、業務上の事由による労働者の災害に対し、迅速且つ公正な保護を与えるための災害補償を行うことを目的としており(第一条)、療養のための給付を除き被害に対し実質損害の算定とは別に、同法の定める基準に従い、一定の金額をその補償として給付し(第一二条以下)、もつて迅速に業務災害による損害からの救済を企図しているものと解すべきである。そして同法第一九条は、被災労働者に被災につき重大な過失があつた場合には政府は所定の保険給付の全部または一部を行なわない旨規定して、保険給付を制限する場合を限定し、被災労働者に過失があつてもそれが重大でない場合には、全部の保険給付を行なわねばならない旨を示し、さらには、過失が重大であつても政府の認定によりその全部または一部を行なうことができる旨を規定している。そうだとすると、被災労働者に過失があつた場合には、それが重大であると否とを問わず、政府がした保険給付の中には被災労働者自らの過失に基づき生じた損害部分に対する補償が当然包含され得ることになるが、この損害部分は、加害第三者が存する場合は本来過失相殺されて被災労働者が加害第三者に対して損害賠償請求権を有しない部分であるから、政府が補償給付をしたからといつて保険代位として右請求権を取得するに由なく、したがつて加害第三者に求償し得べきいわれはないというべきである。その結果、被災労働者は加害第三者から受け得べき賠償額以上の金額を受領し、政府は加害第三者から求償し得る金額以上の金額を支払うことも生ずるが、これらの超過部分の授受は、被災労働者の過失に基づき生じた損害部分についての補償に相当し、同人に過失があつた場合でも能う限り同人の損失を補償しようとする労災法第一条の立法趣旨に従い第一九条において給付制限を限定したことに基づくものであつて、そのための被災労働者が不当に利得し、政府が不当に損失を蒙るなどと称すべき筋合のものではないから、なんら衡平の原則にもとるところはない。しかして、民事上の損害賠償と労災法上の保険給付との間には、一つの損害に対する救済という同一の目的があり、その点においていわゆる相互補完的関係があることは、一般論としては否み得べくもなく、労災法第二〇条も右趣旨に則り規定されるものと解すべきであるが、右の関係は、一方で授受された金銭が他方で授受されるべきそれと実質的に同一視し得る場合にのみ肯定されるものであつて、慰藉料を対象としない保険給付が慰藉料請求権を補完しないのと同じく、損害賠償請求権の範囲外の損害を対象とした保険給付は右請求権を補完するものではない。それゆえ右両者間に補完的関係があることを前提として前記結論を論議するのは当らない。また、前記結論とは逆に控訴人主張の如く、政府は保険給付額全額について求償できるものとすると、政府は、右給付額中被災労働者の過失に基づき生じた損害部分で、労災法第一九条の制限に該当しないものとして同法第一条の趣旨に基づき本来労働災害補償として給付すべきものにつき、結果的に出捐を免れ、他方被災労働者は、迅速な救済を受けるため先に保険給付を受け、のちに加害第三者に賠償請求する場合に、保険給付分を全額控除される結果、本来加害第三者からは支払を受けられないけれども政府から保険給付として支払を受け得る部分を失つて、その分だけ不利益を受けることとなつて、それこそ衡平を欠き労働者に対する迅速、公正な保護を与うべき同法の精神に反するといわざるを得ない。

果たしてしからば、控訴人の、訴外松浦に重大な過失があるのでこれを理由に保険給付の一部を行なつたにすぎない旨の主張がなく、且つ、保険給付額が同訴外人の蒙つた全損害額を越えないことを控訴人が自認している本件においては、給付保険額中にも訴外松浦の過失割合分の補償分が包含されているものと推認すべく、控訴人が被控訴人に対して求償し得る金額は、保険給付額三六二、八五八円に被控訴人の過失割合である九割を乗じて得た金三二六、五七二円であるというべきである。

五  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金三二六、五七二円及びこれに対する控訴人が保険給付を了した日の翌日である昭和四四年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。よつてこれと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 神田鉱三 横山弘)

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